題名のない愛の形
掴まれた左手首が、痛い。押し付けられた背中が、痛い。
「オレのこと、皆の太陽ってポップはよく言うけどさ」
ダイの視線が、痛い。
(どうしてそんな目をするんだ。お前はもっと…いつだって……)
そこまで考え、ポップは違和感を覚えた。
(……そうだ。オレが前にこいつを、ダイを、正面から見たのは…いつだ?)
このところ、互いに仕事が忙しく、また立場もついて回ることから、以前のようにしょっちゅう会うという事はなかった。けれど会うときはいつだってこいつは、ダイは、自分に向けて溢れんばかりの笑みを見せてくれていたはずだった。
(あれが嘘だったわけ、ないのに…)
「オレはそんないいもんじゃないよ。もしオレが太陽だとしても、オレが照らしたいのは…オレが守りたいのは、お前だけなんだから」
他はどうだっていい――そう言い切る親友の顔をポップは呆然と見るしかなかった。
「ダイ…」
知らない顔だった。親友としてずっと見続けてきた明るく頼もしい笑顔ではなかった。いっそのこと別人だと…ダイを騙る偽物だと言われたほうが納得できるのに――
「ポップだけいればいい。お前が見るのはオレだけでいい…!!」
――なのに間近で囁かれる声音も吐息も、間違いなくダイで。
「オレのものになってよ…!!」
叩きつけられるのは、心臓に氷塊を落とされたような、熱。
それは黒い太陽だった。
冷たいのに、熱い。
熱いのに、昏い。
ポップは口を歪ませた。ダイが、自分に向ける感情…その意味がようやく理解できたからだ。
己の呼気が熱くなった自覚が、ポップにはある。
隠し通せると思っていたのに。
相手が気付かないならば、このまま綺麗に、今まで通りでいようと。
それが相手の幸せに繋がるのだから。
それはダイから伝わって来た想いの波動。そうでありながら、けれどダイだけのものではなかった。奇妙に懐かしく、納得できる、自分が抱えていたのと等しいものだった。
(捕まえて、押し倒して、それでも獲物の利き手は放置とか…そんなに殺されたいのか…そんなに苦しかったのか…そんなに終わらせてほしかったのかよ…オレに……!)
乾いた笑いが漏れる。それは親友に向けたものだった。そして己自身のふがいなさにも。
「泣きながら笑うな、阿呆が…!!」
――伝えきれていなかったのか。まだ足りなかったのか。お前をそこまで追い詰めるほどオレは「まとも」だったか…ええ、ダイ?
「オレはとっくにお前のもんだ! お前の魔法使いだ! いまさらなんだよ、このバカ勇者!!」
(終)
