知らない心
「そっか…おれ、ダイの親父さんの血で生き返れたんか」
ポップが静かに呟いた。
ポップが目を開け、皆でその生還を喜び、逆に彼がダイの記憶が戻った事実に泣いたあとは、現状認識の擦り合わせだ。
僅かな期間に一体どれほどの事が起こっただろうか。その最後にポップが自分の生還の原因となった出来事をダイから聞いたのだった。
ダイは、話すのを逡巡した。恐いと言えば言い過ぎかもしれないが、それでもやはり躊躇いは確かにあったのだ。
たとえそれが復活の決め手となったとしても、他人の血という得体の知れない物を、その身に取り込むという事にポップは怯えるのではないだろうか。
人間全体を目の仇にしていて、既に三つもの国を滅ぼしてきた相手の。自己犠牲呪文を唱えさせるまで追い詰めてきた敵の。
そもそも…竜の騎士という人間ではない化け物の血を。
こんな事で躊躇うのはポップに対して失礼だという想いも、心中にある。自分が神殿に向かった時、彼が泣いたのだという事を、叫んでいた言霊を、先程レオナとメルルに聞かされたばかりだ。
それでも――と心の反対側が叫ぶ。
それでも、あの人は、まごうことなき化け物だった。人をゴミと言い切った。反対する息子たる自分にも最終的には剣を振るい切り捨てようとした。笑いながら。
神に作られた純粋な竜の騎士として、人間を個ではなく種ごと断罪し、滅ぼすことを決めた裁定者として傲然と振舞い、そして――人の心に打ち負かされたのだ。他でもない、この目の前の少年の強い心に。
「そうかあ…あの人の血、ねぇ…」
しみじみと呟くその声。自らの動きを細部まで確かめるように、ポップは両手を開けたり閉じたりするのを繰り返している。
レオナがポップにかけ続けていた回復呪文は、ちゃんと効いているだろう。もうさっきから痛みに顔を顰めることもなくなった。
けれども記憶を取り戻して最初に見た彼の顔は、いまだダイの脳裏に焼き付いている。
いつも自分に向けてくれる明るく優しい笑顔なんかではない。何だか楽しいことを思いついた時に見せてくれる、飄々とした瞳でもない。
見開いた双眸は何も映さず、虚ろで、たださっきまで生きていたことを示すかのように、乾きもせず残っている――自分に向けた涙の痕。
彼にあの顔をさせたあの人は……自分の父親なのだ。
自分はあの人の息子なのだ。
「なあダイ、」
穏やかな声だった。いつもの、ポップがいつも語りかけてくる時の声だ。だというのに、ダイはいま続きを聞くのが恐かった。
ごめんなさい。
おれは…あの人の息子なんだ。
お前を殺した化け物の血を引いてるんだ。
ポップ……
おれを嫌いにならないで…!
「一滴だけでも、お前の親父さんの血が入ったのならさ…。おれ、お前と兄弟になれたみたいじゃん。嬉しいぜ!」
はじかれた様に顔を上げたダイが見たのは、相棒の魔法使いの満面の笑みだった。嘘偽りの欠片もなく、あの人の血を、自分と同じ血を受け容れて。ただその命を輝かせるばかりの喜びの笑みだった。
その笑みが急に滲んだのは、ダイのがわに理由がある。
「ポップ………っ!!」
「ぅお?! どうしたんだよ! 急に?!」
驚く声に構わず、ダイはポップを抱き締めた。胸に顔を押し付け、泣いているのを隠す。ただその鼓動をいつまでも聞いていたかった。
相棒の、彼の魔法使いの、唯一無二の存在の、その命の音を。
この日この時生まれた感情につける名前を、まだダイは知らない。
(終)
