竜の神殿と竜の騎士
上座には、神殿長を侍らせた竜の騎士。
並ぶは、それぞれに従者を付けた諸侯のお偉方。
彼らは、魔物被害の拡大について話し合っていた。魔物の暴走スタンピードが起こった。放って置くと被害が甚大になる。
大魔王の驚異も今は数十年も昔の話。
しかし、大魔王がいなくなろうとも世界には魔物がいる。知恵なき魔物たちは本能から人間に襲いかかる。だが、今回は常のそれとは規模が異なった。突然大量発生した魔物たちが群れをなし侵攻を始めた。
誰がどう動いてコレを制するか、会議は白熱し空中分解寸前であった。
被害は受けたくない。スタンピードを止める戦費、保証は安く済ませたい。面倒は誰かに押し付けたい。これを機に利権に食い込みたい。
等々、あらゆる思惑が絡み合い混迷し、会議の決着は見えなかった。
それを竜の騎士は無言のまま、無表情で眺めている。
神の如き大魔王を、仲間たちの助力があったとはいえ打倒しうる力を持つ竜の騎士。彼は竜の神殿で神にも等しいものとして在ることを選んだ。
それゆえに、彼の発言力は大きすぎた。言葉一つで国が傾くこともありうる。だから、彼は何も決定しない。
何も決められない会議の会議室。
その扉が音を立てて開かれた。
下座にいた従者の一人が反射的に侵入者を押し止める。
「お願い申し上げます!」
押し止められながらも、侵入者である少年は声を張り上げる。
「貴方は、パプニカの」
目を細めて声をかけたのは神殿長だ。紫の肌、目の周りが黒く縁取りされた明らかに人間とは異なる容姿の半魔族の青年。
「どうか、兵を出して下さい!」
会議の参加者たちを淡い茶の瞳で真っ直ぐに見つめる。
「こうしている間にも、魔物たちの侵攻は進み、人びとの生活は脅かされています」
その言葉に上座近くに座る老人が肩をすくめる。
「そのようなことは重々承知しておる」
わざとらしく、ゆっくりと諭すように話す。
「それで、誰が戦費を出す。誰が兵を出す。誰が指揮を執る」
少年は、それに何一つ答えられない。
「下がれ。たとえ、王位継承権を持っていようとも、子供の出る幕ではない」
軽く手を振る。それは、少年を取り押さえている従者への合図であった。
「私が前に立ちます。兵を募ります。私財も出します。だから!」
竜の騎士は無表情で、会議の参加者たちは失笑して少年の言葉を流した。
「お願いだ。皆を守って!」
誰も少年の言葉にマトモに耳を貸さない中で。
「いいよ。キミが前に立つというのなら」
答えは、少年の直ぐ側からした。
えっ、と小さく声を上げて見上げる。
少年を取り押さえている青年が、静かなしかしよく通る声で答えていた。
「何を!?」
焦りの声を上げ立ち上がったのは、竜の騎士だ。
「大人の理屈は貴方達に任せる。俺は子供の願いを叶えるよ、ラーハルト神殿長」
眉根を寄せ、それでも神殿長たるラーハルトは青年へ深く頭を垂れた。
「御心のままに」
「ありがとう」
「ただし」
ラーハルトは青年の感謝の言葉を受けてなお言葉を続けた。
「オレも行きます」
「なんで」
青年からの疑問。
「貴方が戦場に出るのに、オレが行かないと思いますか? それに」
「色々とお話も伺わないとなりませんし」
ラーハルトは竜の騎士の姿をしている者と従者の姿を取る青年に向けて冷徹な視線を向ける。
「俺は嵌められただけなんで、責任追及ならあっちに」
早々に白旗を上げるように片手を上げて降参を示しつつ逃げ道を作るのは、豪奢に着飾る竜の騎士姿の誰か。
「いや、これには事情が」
逃げ遅れた青年が言い訳をしようとする。
「その事情を、道々、しっかりと聞きましょうと言っているんですよ」
口元だけを笑みの形にしたラーハルトに、青年は諦めたように息をついた。
「そうだね。こんなことをしている時間も惜しい。さあ、案内してくれ」
話に付いて行けずにポカンと口を開けている少年の背中を押して会議室を出ていった。
扉が閉められ、あとに取り残されたのはすっかり空中分解してしまった議題と何が起こったのか、理解が追いつかない諸侯たち。
「さて、会議を仕切り直しましょう。あの方たちはスタンピードを収めるでしょうし」
もう隠す必要がないからか、崩れた口調で竜の騎士姿の者が手をパンと叩いて、会議の再開を宣言する。
「ここに残った御歴々の方は、フツーに解決するよりも山積みになるであろう問題を推測し解決手段を提示できるようにしときましょうか。大人として」
彼が巻き起こす騒動の事後処理を引き受けるのも竜の神殿の仕事の一つなのだから。
(終)
