背中の会話


ガタゴトと舗装の悪い田舎道を、荷車が行く。
荷台に寝そべりながら、ポップは空を見上げた。

良く晴れた日だ。こうしてこの道を、この荷車に乗って進むのは、一体何年ぶりだろう。

「ポップ、荷が崩れんように、ちゃんと見とけよ」
こちらを振り向きもせず、御者台に座る父―――ジャンクが声をかけた。その声には多分にからかいの成分が含まれている。
「…わかってるって」
返事をし、ポップは苦笑する。おそらくは、父も自分と同じように昔を思い出したのだろう。
幼い頃は、父にくっついてこうして街に連れて行ってもらう事が、何よりの楽しみだった。もちろん、世界を巡るのが日常となった今は、そこまでの感動はない。ただ苦笑したのは、今この状態が、昔とほとんど同じだったからだ。
母が作ってくれた昼ごはんを食べて、満腹になったあと、こうして驢馬車に乗り込む事も。狭い御者台に二人は座れないため、ポップの指定席はいつも荷台だという事も。違うのは、ポップがうんと大きくなり、ジャンクの背が少し縮んだという事だけ。
馬車の揺れに身を任せて、荷箱を背に空を見上げていると、徐々にまぶたが重くなってくる事まで同じだった……。


うたた寝の短い時間。淡くはじける泡沫うたかたの夢を見る。
ああ、これは昔の夢だ。



父のあとに付いて行く幼い自分。
開けたドアの向こうは、熱気に満ちた鍛冶場。父の神聖な、仕事場。
何を手伝うでもなく、ただ言われるままに道具を運んだりしながら、父の仕事を見つめていた自分。
危険だからと、父が剣を鍛える炉の辺りには、あまり近くまで行かせてもらえずに。
舞い散る火花の美しさに、くらくらする。
ただ聞こえるのはカーンカーンという鎚の音。
ただ見つめるのは父の背中。
こんな時、父はいつも振り向かずに話し出す。
―――ポップ。
―――なぁに、とうさん?
振り向かない父親が、けれど笑っているのを何故か幼い自分はわかっている。父はとても楽しそうに。嬉しそうに。
―――よく覚えとけよ、ポップ。俺の剣はな……



それは突然、来た。

全身が総毛立つ感覚に、ポップはまどろみの世界から意識を現実に戻す。
「パティ、止ま…」
止まれと言い掛けて、彼は続きを飲み込んだ。普段の感覚で愛馬の略称を呼んでしまったが、今この車を牽いているのはパトリシアではない事を思い出したのだ。あの聡い馬ならば、自分とほぼ同時にこの空気を感じ取って止まるだろうけれど、実家の裏で飼っている驢馬には伝わらない。
両を木々に囲まれた暗い小径。斜面の関係で、それまでの道幅が一気に狭まるこの場所は、昔から危険だと言われてきた。数年前まではモンスターと遭遇しやすいポイントという意味だったが、現在は………

「!! 親父、危ねぇ!」

叫ぶなり、ポップは荷台を蹴った。御者台の父に後ろから覆い被さる形で、その身体を抱え、地面に引きずり降ろす。
「ポップ?! 何を…!」
ジャンクの言葉が途切れたのは、したたかに肩を打ち付けた故か、それとも荷台に突き刺さったナイフを見たからか。
「あーあ。ハズれちまった」
野卑な笑い声が辺りに満ちた。何人もの男達が、木々の影からぞろぞろと姿をあらわす。手に手に武器を構えるその姿は、友好の欠片も持ち合わせていない。『野盗』という単語がジャンクの脳裏で点滅する。
「親父、立てるか?」
囁くような低い声で、ポップが尋ねた。一瞬呆然としていたジャンクは、息子の言葉に息を飲んでうなずく。野盗どもはすぐに襲ってくる気配ではない。それも当然で、こちらは多勢に無勢だ。立ち上がるくらいの時間はくれるだろう。
「道の入口まで、逃げて」
立ち上がってすぐ、息子に小さく指示されて、ジャンクは素直にうなずいた。うなずいてから、彼は弾かれたようにポップの顔を凝視する。
今度はポップがうなずく番だった。
「俺が、こいつらを引き付けるから」
当然のように言う息子に、ジャンクはいきり立つ。

―――馬鹿野郎! お前を囮になんか出来るか!! 一緒に逃げるんだ!!

怒鳴りつけるはずの言葉は、けれどジャンクの口から出る事はなかった。胸を詰まらせる何かが、無形の手となって彼の口を塞いでいた。
ポップはもう彼を見ていない。鋭い目つきで野盗どもを睨みつけるその横顔は、妻譲りの柔和な―――時として軟弱にも見える、いつもの息子のものではなかった。一人前の戦士のものだ。
ポップはもう、数年前までの臆病な子供ではない。
普段はつい忘れがちになる事実を思い出し、ジャンクは「…わかった」と呟いた。

怯えた驢馬がいなないた。男達の注意が僅かに逸れる。

「親父、走って!!」
ポップの声に促され、ジャンクは元来た道を駆け出した。ここは小径に入ってまだ僅かの地点、戻ればすぐに開けた場所に出る。敵はそこまで追っては来ないはずだ。
その判断は正しかった。いまジャンクに出来る事は、可能な限りの素早さでこの場を離れる事だ。
息子の邪魔になってはいけない。
家を飛び出し行方知れずになった後、アバンの使徒として帰って来たポップは、いつの間にか魔王にも立ち向かえるような魔法使いになっていた。そのことをジャンクは―――決して本人の前では言わないが―――誇りに思っている。
そんな息子が、多勢とは言え野盗ごときに後れを取るわけがないと、彼は自信を持って断言できる。
けれど。
彼は我が子の戦いぶりをその目で見て知っているわけではなかった。強大な魔法の使い手なのだと話には聞いているが、それだけだ。
ジャンクの前にあらわれるのは、いつも、旅の合間にふらりと帰宅する、ひょろっちい青年だ。
薬師として頑張っているという彼は、作った膏薬や風邪薬などを土産にし、スティーヌの料理をつつきながら男のくせにぺらぺらとよく喋る……ただの、18になったばかりの子供だ。
この時、ジャンクが滲み出る不安を振り払って走りきっていたならば、何も起こらなかったかもしれない。

だが、彼は振り向いた。理由を問われれば、一つしかない―――彼が親であるからだ。

ジャンクの不安を他所に、彼の息子は危なげなく野盗たちをあしらっていた。
ほっと息をついた時、ポップもこちらを振り向いた。
安堵と驚愕の視線が交錯する。次の瞬間、ポップの表情が強張った。
息子の表情の理由は、ジャンクの背後にあった。だがそれを確かめる時間は彼にはなかった。
彼は背中に強烈な熱さを感じた。それはすぐに痛みに変わる。
吼えるような叫びを上げて、ジャンクは地面を転がった。

斬られた! 畜生!! まだ隠れてる奴がいたのか?!
そうだ…ポップ…! ポップは大丈夫か…?!! 自分のヘマが、あいつの足を引っ張るのでは………

ジャンクの視界は急速に暗くなっていく。彼は、顔を上げて我が子の無事を確認しようとしたが、身体はまるで自分のものでないように重く、動かない。

息子が自分を呼んだような気がした。それを最後に、彼の意識を黒い紗が完全に包み込んだ。


剣の刃を、槍の穂先を難なくかわしながら、ポップは父親の逃げた方向を確認する。もうこの暗がりを抜けただろうか…そう思って振り向いた彼は、息を飲んだ。
父はまだそこにいた。それもこちらを不安げに見つめて立ち尽くしている。
その後ろに、木陰から駆けて来た男がいた。
ポップは息を飲む。伏兵だ! 逃げる獲物の退路を断つために、小径の口で男が待機している―――そんな単純な事をどうして予想しなかったのか!
「父さん!!」
彼の叫びは、野太い悲鳴にかぶさった。
父が背を袈裟懸けに切られ、地に伏すその様は、ポップの目にやけにゆっくりと映った。切った男がゲラゲラと嗤う。
「一丁上がり!」

その瞬間、ポップの中で何かが弾けた。

「親父…親父、しっかりしろ?!!」
ルーラで一瞬のうちにジャンクの元へ飛び、ポップは倒れた父親に駆け寄った。
「な…?! て、てめぇ一体…!!」
仲間達の元に合流しようとしていた男がわめいていたが、ポップは丁重に無視した。
傷は大きいが、刃はギリギリの所で神経までは達していないようだ。ただ、出血が酷い。素早くベホイミを唱えるが、傷は塞がっても、流れ出た血が戻るわけではない。

俺のミスだ…!

父を避難させてから、男達を倒そうと思っていた。自分に攻撃を集中させておいて、彼らが一斉に襲ってきた所を、威力を最小に抑えたギラで一掃するつもりだったのだ。
だが、心のどこかに油断があった。
自分が荷馬車を襲うなら、確かに退路を断つために仲間を道の両端にも潜ませておく。単なる野盗だと侮り、連中がそこまで考えないだろうと高をくくっていたのだ。その結果が―――これだ。
幼い頃、世界で最も強い存在だった父。いまや自分よりも小さくなってしまったその人が、腕の中で呻いた。
その呻きがポップを自己嫌悪の沼から引き上げた。回復呪文に集中する。己を罵っても結局満足するのは己自身であり、何の意味もない。そして反省は目の前の事態を収拾してから、いくらでも出来るはずだった。
失血で青褪めた顔は痛みに歪んでいたが、ベホイミの与える温もりに徐々に和らいでいく。
安堵の息を一つ吐いた時だった。

「てめぇ、このガキ! 無視してんじゃねぇよ!!」

驚愕から立ち直ったらしい男が叫んだ。彼は、獲物のくせに、自分達を怖れもしない青年に怒りを覚えていた。
抜き身の剣を青年の前でチラつかせる。いつもならこれで、大概の獲物は縮み上がるのだ。
多少魔法を使えるようだが、今は回復呪文を使用中だ。たとえ治療を中断しても、この距離ならば自分の剣の方が早い。詠唱も間に合わないだろう。それなのに―――

「うるせぇな…。治療の邪魔すんじゃねぇよ」

―――返ってきたのは、苛立ちと侮蔑に満ちた静かな声だった。底光りする黒い瞳が男を睨む。その視線に物理的な威力があるなら、男の身体は全身から血を吹き出していただろう。
「…っ野郎!!!」
男は一瞬確かに怯み、その怯みを覚えた事に、更に怒りを倍化させた。
叫ぶように声を上げて、剣を青年の脳天めがけて振り下ろす。抱えている父親ごと真っ二つにしてやる。

だが、彼の渾身の一撃は何ら報われる事がなかった。

いつの間にか翳されていた青年の左手が、剣を押さえていた。いや……そうではない。
青年は剣に触れていない。掌に刃が当たるか当たらないかの、ギリギリの距離で、魔法力の輝きが剣を……溶かしている・・・・・・

「ひ……!」

目の前で愛用の剣が飴細工のように溶けていく。赤く光りながらドロリと地に落ちたのは、鋳型に入る前の鉄でしかない。
刀身の半ばまでを溶かされて、男は恐怖に身を翻した。ようやく彼は、自分達が猫ではなく虎の尾を踏んだ事に気付いたのだ。
バケモノだ―――いつ詠唱をしたのかもわからない。そもそも、青年は父親に回復呪文をかけていたはずだ。同時に二つもの呪文を扱える人間など、聞いた事がない…!


父親の背の傷を塞ぎ終わり、その場に横たわらせると、ポップは立ち上がった。遠くから自分達を見ていた野盗の群れが、彼の動きにビクンと震える。大の男が揃って震えるその様は、いっそ滑稽なほど。
身の内に凶暴な力が荒れ狂っていた。
この数年、普段は滅多に使わないようにしている『魔法』。一般の魔法使いとは隔絶したレベルで凝りに凝ったポップの力を、攻撃という形で放出するのは余りに危険だからだ。

けれど、今この時だけは、そんな自制をみずから断つのも良いかという気分だった。

誰もが持っている破壊衝動は、無論ポップにも存在する。父親を目の前で斬られたという怒りが、それにスイッチを入れた。多分に自分の不甲斐無さへの憤りも含んでいるが、それを差し引いても荒れ狂う力は納まらない。
野盗たちにとって運の悪い事は、その気になればこの場にいる敵全てを瞬時にあの世に送るだけの力が、現在のポップにはあるという事だった。
不思議な高揚感がポップを支配していた。
怒りが深ければ普通は冷静さを失うだろうに、どうもそうとは言い切れないらしい。人間、怒りを通り越すと、逆に冷静になるのだという事なのかもしれない。普段以上に心の一部は冷え切っていて、状況をクールに分析していた。

今ならいくらでも冷酷になることが出来る。相手は野盗。なんの躊躇がいるものか。自分の目の前で家族を斬り殺そうとした連中に、手加減など不要だ。

ゆっくりと車に向かうポップに、男達は震えながら武器を構えた。逃げても追いつかれる事は、先程のルーラで悟ったのだろう。
悲壮な覚悟だな。
我知らず薄く笑ったポップの視界の隅で、先程の男が積んであった荷箱に向かった。失った剣の代わりに何か武器を手にしたかったのか。だが、恐怖に足がもつれ、男は別の荷箱を蹴飛ばして倒れた。
盛大な音を立てて、様々な武器が荷台から落ちて散らばった。その時。

何故かポップの脳裏に、先程の夢の続きが蘇った。
泡沫のように弾けて消える淡い夢。


―――ポップ。
―――なぁに、とうさん?
振り向かない父親が、けれど笑っているのを何故か幼い自分はわかっている。父はとても楽しそうに。嬉しそうに。
その頃はまだ、人は誇りの故にも笑うという事を、小さな自分は知らなくて。
―――よく覚えとけよ、ポップ。俺の剣はな、人を守るための剣だぞ。
―――ひとを、まもるための、けん?
―――ああ。誰かを脅すためや傷つけるために持つ剣じゃねぇ。それがわかってない奴に俺の剣を持つ資格はねぇんだ。


熱い鍛冶場で、ただ黙々と剣を鍛える父の背中。幼い頃に見上げ続けたその背中は、世の中の全てを背負っているかの如く、広くて分厚いものだった。
たったいま袈裟懸けに斬られたそれは……今ではもう、自分の方が大きくなってしまった。それでも変わらないのは、父が背で語った事の意味と重さ。

守るための剣。守るための力。

どう言い繕おうと、剣は人を切るための武器だ。それでもなお、父が剣を打つ時に願っていたのは、その持ち主が使い道を弁えてくれる事だった。そんな主に出会ってこそ、その剣を打った意味があるのだと、常日頃語っていた…………。




唐突に蘇った思い出に、ふと身の内の力が平静を取り戻している事にポップは気付いた。
溜息を一つついて、何かを払うように頭を振る。

わたわたと男が起き上がり、そばに落ちた剣のうちの一本に手を伸ばす。
その目の前に、光が飛んだ。
「…汚ねぇ手で親父の打った剣に触るんじゃねぇよ」
瞬時にして地を深く穿ったそれは、ポップの指先から発せられたもの。
通常なら広範囲を熱と光で焼く閃熱呪文は、極限まで圧縮されて全てを貫く光熱の銛となっていた。
ポップは、群がる男達に視線を戻すと、その手を一閃させる。走った光に彼らは反射的に目を瞑り、恐る恐る開けて見た足元には、深くライン状に削り取られた地面があった。その場の土だけが、何ヶ月も水分を得られなかったかのように干からびており、それでも辺りに漂うのは、生木が焼けた時を髣髴とさせるニオイ。
繊手とは言わずとも、白く、逞しいとは決して言えないその指先。だというのに、生み出される呪文は、当たれば全てを刺し貫く死神の銛に等しかった。

「次は狙うぜ。額か左胸。…どっちがいい?」

いまや十指全てを閃熱に輝かせながら、ポップは笑う。
場違いなほど朗らかな声で、彼は震える男達に告げた。たったひと言―――「行け」と。

蜘蛛の子を散らすように逃げていく野盗どもを見ながら、ポップはばら撒かれた剣の1本を拾い上げた。木漏れ日を反射して刀身がキラリと光る。
映っているのは、自分の顔。
この剣を持つ資格を、かろうじて失わずに済んだ武器屋の息子は、深い息を吐き出して苦笑した。









ガタゴトと舗装の悪い田舎道を、荷車が行く。
荷台に横たわるジャンクは、茜色の空を見上げている自分に気付いた。
「ポップ………?」
思わず息子の名を呟き、ようやく意識が完全に浮上する。同時に、荷車のスピードが緩まり、止まった。
「親父、気ぃついた?」
「ポップ、…あ、あいつらは?!」
起き上がろうとする彼を、ポップはなだめて再び横にさせた。
「大丈夫。追い払ったよ、全員」
穏やかに笑うポップに、ジャンクは行き場の無くなった緊張を解き、ほっと息をついた。
「一旦、家に帰ろうぜ? 傷は塞いだけど、貧血を甘く見ちゃいけねぇし。剣の納入はまだ日があるんだろ?」
「ああ」と応える父は、顔色こそ青いものの、いつも通りのしっかりした受け答えで。その様子に安堵しながら、ポップは再び手綱を握る。その背に、静かな声が掛けられた。
「ポップ。お前は…大丈夫だったのか?」
さり気なさを装った声音だったが、籠められた想いは量れない事をポップは知っている。
自分の心配すりゃあいいのにさ……。
「うん。平気だったぜ?」
「そうか」
やはり返事は素っ気無くて。つくづく優しい面を見せようとはしない父親だ。
この調子なら大丈夫だなと、ポップは笑う。
「うん。あのさ、親父」
「あん?」

「ありがとな」

短い間を挟んで、ジャンクは「何だ、急に?」と荷箱にもたれて半身を起こした。
「んー、まぁ色々とさ。ありがとう」
「………よくわからんが、そう何度も言わんでもいいだろう」
「別にいいだろ、感謝の言葉なんだからさ。1回言っても100回言っても。…1万回でも―――」

―――それでも足りないのだから。

「やめんか。気色悪ぃ」
心底イヤそうな声音が後ろから聞こえた。ああこれはきっと本音だな。
「はは…ひっでぇなぁ」
「馬鹿言ってねぇで。帰るんならもう少し急げ。母さんにも夕飯の都合があるんだぞ?」
「スピード出して大丈夫かよ親父? 大怪我だったんだぞ?」
ポップの言葉に、ジャンクが、ふんと鼻を鳴らす。
「大丈夫に決まってんだろう」


「俺を誰だと思ってんだ? お前の親父だぞ?」


脱力しきった声で「へいへい」と応える。その表情は、ほんの少し疲れた笑顔。
きっと、父も同じ顔をしている事を確信しながら、ポップは驢馬車のスピードを上げた。

振り向かず、背中を向けたままの会話。それでいい。それで充分だ。

やわらかな風が、街道を渡っていく。父子の癖のある黒髪が、御者台と荷台で同時に揺れた。


(終)



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