ダイの大冒険 おまけSSS
がんばって呪文描写の練習文!その4−バギ−
抜き取られた羽根が、青年に向かって投げつけられる。避けたそれは、軽そうな見た目からは想像もできぬほどの強さで、やはり地面に突き刺さった。その色は、赤。
「体力奪い取って襲おうってわけか…」
青年の呟きに鳥人―――イーゲルが反応する。
「ほう? この羽根の効力を知ってるのか。博識じゃねぇか」
ケラケラと嗤いながら、イーゲルは青年の姿を観察する。
ローブの下から覗いて見えるのは、簡易な旅人の服だ。帯剣している様子もない…一見何の変哲もないガキだ。それでもここまで一人でやって来た。しかも自分という敵に出遭っても慌てる素振りがないのは、幾許かの戦闘経験があるという事だろう。ならば、こいつは……
「お前は、魔法使いみてぇだな…。それなら……」
彼は新たに羽根を抜いた。今度の色は赤ではない―――白だ。
「この羽根の威力は知ってるかあ?!!」
翼で風を巻き起こし、羽根を投げる。放った数は十枚以上。それらが彼のみに読める軌道に乗って、上下左右から一斉に青年に襲い掛かった。
今までこの方法で失敗した事はない。赤い羽根は体力を、白い羽根は魔法力を奪う力がある。魔法使いならば白い羽根を使えば事は足りるはずだ。
にやりと笑いながら、イーゲルは剣を抜いた。それは後ろに山と積まれている戦利品の中から選び取った、いま一番気に入っている得物だ。他の剣は既に人間どもの血脂によって切れ味が鈍っているが、この剣は新品だった。あの魔法使いで使い染めをしてやろう……。
攻撃手段を封じ、弱った獲物をじわじわと追い詰めて殺すのは、実に心躍る遊びだ。彼の目には、青年が攻撃手段を失って慌てふためく姿が見えるようだった。
だが、
「な?!」
イーゲルは我が目を疑った。青年に刺さるはずだった白い羽根が、寸前で停止したのだ。
馬鹿な! そんな筈はない! 羽根は自分の起こした風に乗ったのではなかったのか?!
彼の驚愕を無視して羽根は、ぽとりと地に落ちた。勿論、青年は無傷で。
「白い羽根は、魔法力を吸い取るんだよな。厭になるほど、よぉぉぉぉく知ってるさ。…刺さらなきゃ意味ねぇって事もな」
落ち着いた声が、ローブの内から聞こえた。青年は忌々しそうに羽根の一枚を踏みにじる。
「ばっ馬鹿な!!」
嘴から唾を吐く勢いで、イーゲルは叫んだ。失敗したことのない必勝の方法なのだ。突っ立っていただけの青年が何をしたわけでもない。今のは偶然に決まっている!
「喰らいやがれ!!!」
いま一度、両手で抜き取った羽根の束をイーゲルは投げる。今度巻き起こした風は先程の比ではない。渾身の力で振るわれた翼から起こった風は、唸りを上げて青年に向かった。
鋭い羽根を全身に浴びて、青年は悲鳴を上げるはずだった。
「バギ」
静かな声だった。
それが聞こえた時、イーゲルにはその一瞬のみ風の音が全て止んだような気がした。
刹那、突風が彼を襲った。
顔面に熱さを感じ、イーゲルは飛びずさった。人間相手に後退するなど、彼にとってはあるまじき恥辱だった。
羽根はどうなった?! 怒りに目をギョロリと剥いて、イーゲルは青年を見た。
彼はやはり変わらずにそこに立っていた。そして、羽根は……
「う…ぁ……」
嘴の奥から喘ぐような声が出た。
数多投げつけた羽根は、青年を囲んでいた。襲い掛かるためではなく、まるで守護するかのように。
ふわり、と青年のローブが煽られる。目深にかぶられていたフードが外れ、顔があらわになった。
17・8歳といったところだろうか。癖のある黒髪が揺れていた。顔立ちは美男と言うわけでもなければ、厳ついわけでもない。どちらかと言えば軟弱そうな、柔らかさを残す輪郭。どこにでもいそうな人間の青年だ。魔法使いによく見られるようなゴテゴテした装飾は一切なく、唯一といっていい飾りである黄色いバンダナが、髪と同じように風に煽られている。そう―――青年から巻き起こる風によって…!
「てってめぇ…!」
イーゲルの知っている限り、人間が空気を操れるとすれば呪文に拠るしかない。そして、その呪文は一系統しかないはずだ。
青年が唱えた真空呪文―――だが、それは確か、僧侶の呪文ではなかったか?
「小僧、てめぇが僧侶だったとはな」
その言葉に、青年は肩を竦めた。
「こんな不信心な聖職者がいるかよ…。男前にしてもらったからって、褒めすぎだぜ?」
「…なに?」
訝しむイーゲルに青年は答えなかった。下ろされていた手がザッと上がる。
風と共に、白い塊が一斉に彼に向かって襲い掛かった。青年を取り囲んでいた自らの羽根だ。その鋭さは知っている。慌ててイーゲルは羽ばたいた。
空に舞い上がり、的を失った己の羽根が地に刺さるのを見て、彼は安堵の息をついた。たとえ青年が再びバギを使っても、自分は風を読める。しかも空中にいるのだ。攻撃を喰らうはずがない。
「ケケケ。残念だったなあ小僧! これでてめぇには攻撃の手段は………んな?!」
嗤い声を浴びせてやろうとした彼は、その口上を最後まで述べることなど出来なかった。先程からの顔面の熱が、いきなり痛みに変わったのだ。思わず手で顔を抑えた彼は、ドクドクと流れる液体を掌に感じてギョッとする。
「い…いつの間に」
「お前の二度目の攻撃の時だよ。…気付いてなかったのか?」
「?!!」
背後から聞こえた声に、イーゲルは振り向いた。
青年がいた。腕を組み、まるで当たり前の事をしているとでも言いたげに、自分と同じ空にいた。
「…くそおおおおおお!!!」
イーゲルは混乱した。剣を振りかざし、青年に切りつける。だが、彼の大仰な動きは当然のごとく青年によけられた。その事実が更に彼を追い詰める。
何故だ。何故人間ごときが空でこうも自在に動ける?! 何故人間などに自分の風が打ち消される?!! 人間など、自分の前には怯え震えて殺されるのを待つだけの獲物のはずだ!! これは何かの間違いだ!!
…だが、いくら斬り付けても、その間違いは訂正されなかった。紙一重で青年は剣をかわしていく。弱者を甚振る事に慣れたイーゲルは、彼我の実力差を測る事すら出来なかった。
首を狙った剣は、虚しく宙を薙いだだけだった。屈み込むように身を縮めて剣をよけた青年は、魔法力を放出してイーゲルの懐に飛び込んできた。ガラ空きになった腹部に、何かを掴む形になっていた掌を押し当てる。何だ? と疑問に思う暇もなかった。細い腕から繰り出されたパンチとは思えない衝撃が、イーゲルを見舞った。
「…カハッ」
肺の中の空気を全て押し出され、彼は必死に酸素を求めた。浅い呼吸を繰り返し、血走った目で人間の姿をしたバケモノを見る。
風がイーゲルの横を通り過ぎていく。
(なんだと…!)
自在に空を飛ぶ彼は、大気の流れを読む事に長けていた。その彼をして感じた事のない流れ―――重い空気が一筋…二筋……イーゲルの周りに増えてきている。
巻き上がった砂塵。それらが薄く風に色をつけ、流れの終着点を教えた。
「そ…そんな…!」
掠れた呻きは風に掻き消された。青年のローブが大きく捲くれ上がる。
気流は一つに集束され、渦巻いていた。それは最早、圧縮され押し込められた大気の塊。凝り、解放を待ちわびる螺旋―――他ならぬ、青年の掌に。
「な…何なんだてめえは!!?」
イーゲルは叫ぶ。風に消されぬように。
「人間の癖に! ひ弱な、何も出来ねぇニンゲンのくせに!!」
「ああ…そうだな。俺は人間だよ。ちっぽけな人間の魔法使いだ」
やはりその声は静かだった。こんなにも荒れ狂う風の中で。畜生。何故だ。何故こんな奴が……!
「俺に出来るのは、被害の拡大防止と……犠牲者の鎮魂くらいだよ」
すぅ…と青年は手を翳した。
放たれた風が、イーゲルの翼を切り裂き、肉を揉んでゆく。
ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェ!!!!!
まさしく怪鳥じみた声を上げて、イーゲルは墜落した。
錐揉み落ちゆく彼が最期に目にしたのは、己を待ち受ける刃の煌めき…。赤茶けた地面に自分が積んだ、剣の山だった。
(終)

呪文描写練習小説の第4回です。
バギ。真空呪文ですね。でも書いてる時だったかな? いつもよく覗かせてもらってるブログで、バギについての検証をしてたのを読んだんですよ。
結論=真空で身体は切れない。
おっと根本問題キタコレ みたいな(汗)
でもそれを軽くクリアさせてくれた素敵な言葉がありました。
『魔法に科学を混ぜては危険です』
………ですよね〜。心のつかえが取れました。ありがとうございます、Yマト様(バレバレ)。
ということで、科学的検証は無視して、真空呪文をお送りしました。
敵さんは、ガルダンディーと同種の魔族です。ポップのトラウマ克服戦です。実は最初はもうちょっと長かったんですけどね、おまけが長すぎるのもどうかと思い削った次第です。
楽しんでいただければ幸甚です。次はイオですね〜。頑張ります。
('10.06.15サイトに再掲)