ダイの大冒険 おまけSSS

がんばって呪文描写の練習文!その3−ギラ−




「てめぇ、このガキ! 無視してんじゃねぇよ!!」

驚愕から立ち直ったらしい男が叫んだ。彼は、獲物のくせに、自分達を怖れもしない青年に怒りを覚えていた。
抜き身の剣を青年の前でチラつかせる。いつもならこれで、大概の獲物は縮み上がるのだ。多少魔法を使えるようだが、今は回復呪文を使用中だ。たとえ治療を中断しても、この距離ならば自分の剣の方が早い。詠唱も間に合わないだろう。それなのに―――

「うるせぇな…。治療の邪魔すんじゃねぇよ」

―――返ってきたのは、侮蔑に満ちた静かな声だった。底光りする黒い瞳が男を睨む。その視線に物理的な威力があるなら、男の身体は全身から血を流していただろう。
「…っ野郎!!!」
男は一瞬確かに怯み、その怯みを覚えた事に、更に怒りを倍化させた。
叫ぶように声を上げて、剣を青年の脳天めがけて振り下ろす。抱えている父親ごと真っ二つにしてやる。

だが、彼の渾身の一撃は何ら報われる事がなかった。

いつの間にか翳されていた青年の左手が、剣を押さえていた。いや……そうではない。青年は剣に触れていない。掌に刃が当たるか当たらないかの、ギリギリの距離で、魔法力の輝きが剣を……溶かしている。
「ひ……!」
目の前で愛用の剣が砂糖菓子のように溶けていく。赤く光りながらドロリと地に落ちたのは、鋳型に入る前の鉄でしかない。
刀身の半ばまでを溶かされて、男は恐怖に身を翻した。ようやく彼は、自分達が猫ではなく虎の尾を踏んだ事に気付いたのだ。
バケモノだ―――いつ詠唱をしたのかもわからない。そもそも、青年は父親に回復呪文をかけていたはずだ。同時に二つもの呪文を扱える人間など、聞いた事がない。


父親の背の傷を塞ぎ終わり、その場に横たわらせると、ポップは立ち上がった。遠くから自分達を見ていた野盗の群れが、彼の動きにビクンと震える。大の男が揃って震えるその様は、いっそ滑稽なほど。
身の内に凶暴な力が荒れ狂っていた。この数年、普段は滅多に使わないようにしている『魔法』。一般の魔法使いとは隔絶したレベルで凝りに凝った力を、攻撃という形で放出するのは余りに危険だ。

けれど、今この時だけは、そんな自制をみずから断つのも良いかという気分だった。

ゆっくりと車に向かうポップに、男達は震えながら武器を構えた。逃げても追いつかれる事は、先程のルーラで悟ったのだろう。
悲壮な覚悟だな。
我知らず薄く笑ったポップの視界の隅で、先程の男が積んであった荷箱に向かった。失った剣の代わりに何か武器を手にしたかったのか。だが、恐怖に足がもつれ、男は別の荷箱を蹴飛ばして倒れた。
盛大な音を立てて、様々な武器が荷台から落ちて散らばった―――その時。

何故かポップの脳裏に、幼い頃に見た父の姿が蘇った。

熱い鍛冶場で、ただ黙々と剣を鍛える父の背中。幼い頃に見慣れたその背中は、世の中の全てを背負っているかの如く、広くて分厚いものだった。
たったいま袈裟懸けに切られたそれは……今ではもう、自分の方が大きくなってしまったが、それでも父の背が語るものは変わらない。
父の鍛える剣は、全て『守るための剣』だった。
どう言い繕おうと、剣は人を切るための武器だが、それでもなお、父が剣を打つ時に願っていたのは、その持ち主が使い道を弁えてくれる事だった。そんな主に出会ってこそ、その剣を打った充足感を得られるのだと、常日頃語っていた。

唐突に蘇った思い出に、ふと身の内の力が平静を取り戻している事にポップは気付いた。
溜息を一つついて、何かを払うように頭を振る。

わたわたと男が起き上がり、そばに落ちた剣のうちの一本に手を伸ばす。
その目の前に、光が飛んだ。
「…汚ねぇ手で親父の打った剣に触るんじゃねぇよ」
瞬時にして地を深く穿ったそれは、ポップの指先から発せられたもの。
通常なら広範囲を熱と光で焼く閃熱呪文は、極限まで圧縮されて全てを貫く光熱の銛となっていた。
ポップは、群がる男達に視線を戻すと、その手を一閃させる。走った光に彼らは反射的に目を瞑り、恐る恐る開けて見た足元には、深くライン状に削り取られた地面があった。その場の土だけが、何ヶ月も水分を得られなかったかのように干からびており、それでも辺りに漂うのは、生木が焼けた時を髣髴とさせるニオイ。
繊手とは言わずとも、白く、逞しいとは決して言えないその指先。だというのに、生み出される熱量は、当たれば全てを刺し貫く死神の銛。

「次は狙う。額か左胸。…どっちがいい?」

いまや十指全てを閃熱に輝かせながら、ポップは笑う。
場違いなほど朗らかな声で、彼は震える男達に告げた。たったひと言―――「行け」と。


(終)




呪文描写練習小説の第3回です。
ギラは難しいです。閃熱というのが、山ノ内になかなか想像出来ないのですよ。
だから、ポップがザムザ戦等で見せた、『破壊力を収束させたギラ』の表現のみになってしまいました。
あっさり『熱』の表現で使ったら、なんか他の物を燃やしそうで、それじゃメラと区別がつかないし。
ベギラマとかになれば、形を変えたりも出来るようですが、そこはイマイチ原理がわからないし…(^-^;) まぁあれですね。ポップは器用なんですね!(そのひと言で済ますなよ)

この部分のみをUPしていましたら、キリ番リクエストで前後を読みたいというご依頼を頂きましたので、多少手直しを加えた上で、表の方に『背中の会話』としてUPさせて頂きました。
どちらも読んで頂ければ幸いです(^-^)

('09.03.13サイトに再掲)