ダイの大冒険 SSS

『歳の数だけ』




ダイは、旅の話を聞くのが好きだ。

「いいなぁ。…オレもジパングに行ってみたい」
心底羨ましそうなその声に、ポップは吹き出した。
「そんなにオンセンが気に入ったのかよ?」
「だって、水浴びとは違うんだろ? 面白そうじゃん」
「デルムリン島には無いのか? あそこも火山があるんだし、オンセンだってありそうなもんだけどな」
ダイは残念そうに首を振る。
「似たような泉はあるけど、熱すぎて誰も入れないよ」
ポップは、なるほどと頷いた。
「そっか。じゃあ今度連れていってやるよ」

「ジパングって、面白い所なんだね」
どうも先程までの会話で、ダイは随分と想像を掻き立てられたらしい。「まぁな」と応えながら、ポップは帳面をめくった。そこには、ダイを探す旅に出てからの日誌や、立ち寄った村や町の様子、竜に関する伝承など、様々な事が書き連ねてある。
「懐かしいわね」
ポップの横から、マァムがそれを覗き込む。ジパングには彼女も同行したのだ。巫女が治めるその島国には、大陸では聞いたこともない独自の文化が息づいていて、毎日が驚きの連続だった。
「ねぇ、他には?」
目を輝かせてダイが続きを促した。その様子はどこからどうみても普通の、15歳の少年だ。今の彼を見て、3年前に大魔王と死闘を繰り広げた勇者―――人ならざる力を持つ竜の騎士だと思う者などきっと存在しないだろう。
「うーん…そうだなぁ……他には…と」
ポップは帳面に目を落とす。そのページは、ジパングの風習を月ごとに書き分けてあった。
「1月は色んな祭礼があるんだけど、逆に行事ってのは無いみてぇだ。『モチ・サケを飲み食いして楽しむ』…って書いてあるけど、どんな風に祝うのかもっとちゃんと聞いてくれば良かったなぁ」
ポップがぼやいて頭をかいた。モチという単語にダイが首を傾げ、マァムが笑いながら説明する。
「へぇ…。今度行ったら食べたいな。ねぇ、じゃあ2月は?」
どんな事をするの? とダイはポップとマァムの顔を、テーブルに身を乗り出しながら見やった。
ポップは苦笑しながら、ダイにも見易いように帳面を大きく開ける。
次のページをめくり自分の記述を目で追う彼の、表情がふと強張ったようにマァムには見えた。帳面に夢中のダイは気付いていないが、瞬きするほどの僅かな時間、ポップの口元は固く結ばれた。
(ポップ…?)
マァムが恋人の様子を訝しむと同時に、ダイが口を開いた。
「え…と…セツ、ブン…?」
対面から覗き込む格好のためか、ダイは聞き慣れぬ単語を読むのに苦労していた。視線で彼は親友に「あってる?」と問いかける。

尋ねられたポップの黒い瞳は、とても柔らかな光を湛えていた。

「ああ。セツブンだ―――豆を…沢山用意してな、歳の数だけ食べて福を招くんだと」
その言葉は、常のポップよりも少しゆっくりだった。……まるで、言葉を選んでいるかのように。
「豆を食べるの? 歳の数だけ?」
「そう。…あ、そう言やぁこの前、ひよこ豆を沢山もらったな」

なぁ、マァム?

「えっ? あ、うん。そうね」
急に話を振られ、マァムは少々うろたえたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「…折角だし、今日は豆のスープにしましょう。ダイも食べていくでしょう?」
とても良いアイデアを思いついたかのように、マァムは微笑む。ポップもそれに乗った。
「そうだな、食べていけよ。マァムの料理は美味いんだぜ」
やったぁ! と無邪気にダイははしゃぐ。
台所に向かいながら、マァムはちらと居間を振り返る。
明るく笑うダイの横で、静かに帳面を閉じるポップの姿が見えた。彼のその微笑みに、マァムは己の想像が正しかった事を確信した。



夕飯は、楽しい笑いに終始した。
そろそろ帰らないと…と席を立ったダイに、マァムは袋を渡す。
「これは?」
きょとんとするダイに、彼女は微笑む。
「炒り豆よ。歳の数だけ食べなさい」
「ありがとう! …でも、これって、凄く多いんじゃ……?」
ズシリと重い袋を持ちながら聞き返す15歳の親友に、ポップが横でカラカラと笑う。
「ブラス爺さんや島の皆の分だよ。福を招くんなら、皆一緒じゃねぇとな」
「……うん!」



デルムリン島へと飛んでいくルーラの軌跡から、マァムは視線をポップに移した。
柔らかな微笑みに、ポップは彼女が言わんとしているところがわかったのだろう。ぽり、と頬をかく。
「……嘘は言ってねぇぞ」
「わかってるわよ。…私も、あれでいいと思うわ」
セツブン―――ジパングの2月の行事は、ポップがダイに語ったように確かに歳の数だけ豆を食べる。だが、本来はそれがメインではないのだ。
かの国の文化を否定する気は毛頭ないのだが、ポップはあえて触りとなる部分を語らなかった。

 福は内 鬼は外
 人の世ますます盛んなれ
 豆もてやらえ 鬼どもを
 石もて祓え 魔物ども


「きっと…あの子は気にするもの……」
その日、ジパングでは順番に当たった者が、オニと呼ばれる怖ろしい化け物の面を被る。人々は彼に豆を投げつけて追い払う。
たったそれだけの事だけれど、和やかな行事として笑えるのは、当事者たちが人間だからだろう。
オニというのは、災厄の象徴だ―――島で仲良くなった女性、ヤヨイはそのように語っていた。もしくは…人ならざる者・異端者のことだ、とも。
「……ああ」
ただの異邦の文化だ。けれど、親友にそれを紹介するには、ポップの中の抵抗は大きすぎた。
人の世の姿を、ダイは知っている。その行事はジパング固有のものだとしても、地域差や個人差はあるだろうが、人は種族として抱えているのだ―――得体の知れない存在に対する、排除の心理を。

既に飛翔痕の消えた空を、今一度ポップは見上げた。
冬の澄み渡った夜空に光る、幾百もの星々。数の多さは、先程ダイに渡した炒り豆と、良い勝負だろう。
「もう、ダイは帰ったかしら」
マァムがそっと呟く。
「多分な」
きっと今頃、ダイは袋を祖父の前で開けて見せている。そして、数えながら豆を口に運ぶだろう。歳の数だけ。…あれほどの数の豆の中で、たった15粒だけを。
「15…か……」
僅かに15。取るに足らない数だ。3年前の己の年齢。それがどれだけ幼い数字だったかを、ポップは知っている。
15の自分は想像だにしなかった孤独と苦悩。古歌が表すような非情な振る舞いに、いつ晒されるかもしれない不安。
それらをダイは既にして12の歳に知ったのだ。知った上で尚も人の側にあろうとする、その在りかたがポップには譬えようも無く眩しい……さながら、太陽のように。
「…頑張らねぇとな」
ぽつりと呟くと、マァムが彼の手を握った。振り向けば、優しい笑みがそこにある。
「一人じゃないわよ」
「…ああ。サンキュ」
マァムは、何も言わずともわかってくれているのだろう。手から伝わるあたたかさが、嬉しい。

護りたい。それは切なる願い。
鬼に投げつけられるつぶてを、一つでも減らそう。
そのために、自分は…自分達はここにいるのだ。



「豆だろうが石だろうが、あいつに届かせるもんかよ」



にっと笑い、ポップはマァムの手を握り返す。強く深い想いを込めて。
それは、歳の数だけ強まる願いだった。



(終)





節分の日に寄せて、拍手にUPしたSSSでした。
触りを隠さずに話すべきかも知れないですし、ダイならきっとオニの意味を知っても受け入れるのでしょうが、
ポップはダイにはかなり甘いというか、とにかく護りたいと思う気持ちが強いです(あくまで『わきみち』の中での設定)。
それは親友として…というよりは、兄弟子としての感情のほうが強いかも。大戦時に『結局はダイに頼ってしまった』という負い目もあったりします。 それを前面に押し出したらこんな感じになる―――という感じの話でした。
悪い方向に過保護になれば別部屋行きになっちゃいますが(汗)、これはマァムが側にいるから「まだ大丈夫な過保護」です(なんじゃそりゃ)。

需要があれば、「触りを話した場合」のSSもどこかに置こうかなとか思っています。

('10.04.01 再掲)