ダイの大冒険 SSS

『コマンド選択』




じつに麗らかなその日、ポップはパプニカを訪れた。
一人ではなく、同行者がいる。

「あら、今日はバーンも一緒なの?」

休憩時間になったレオナが顔を出すなり、驚いた顔になる。

「ああ。『里』のことはこいつも知っといた方がいいだろうって思ってさ。な?」
ポップは傍らに立つ男を見上げた。
深くターバンを巻いた、長い銀髪の魔族―――バーン。元大魔王だった彼は、魔族と一目でわからぬように人よりも鋭い形の耳こそ隠していたが、その堂々たる体躯から発せられる威圧感は並ではない。
もっとも、敵として対峙していた時よりも、それは随分和らいだとレオナは思う。それは、バーンが、嘗ての力のほぼ大部分を失ったという事もあるのだろうが、きっと…それだけではないだろう。
「紹介状を頼めるか、レオナ女王? そなたなら、ギルドにも顔が利くであろう?」

若き女王は、チラと微笑んで、書類を作成するために、筆記官を呼ぶようにマリンに命じた。お茶とお菓子が先よ、と付け加えながら。



「ベンガーナの王宮はどう、ポップ君?」
お茶を飲みながらレオナは楽しそうに尋ねる。
彼女の友人格でパプニカに顔を出しているこの大魔道士は、実のところベンガーナに仕官する人間である。故に、本来なら、そうほいほい訪れて欲しくないと思っている廷臣もいるのだが、レオナは気にしない。
互いの国に不利益にならない程度の会話を交わすのが、いい刺激になって楽しいというのもあるし、何より、友人とも気軽に話せないような寂しい人生を送るつもりはなかった。
「あー…前にちょっと話した子爵家の奴が、また問題起こしやがってさ。示談で済むか訴訟か、どっちにするかで揉めてるよ」
俺の管轄じゃねーけどな、と笑いながらポップは言う。ならば国政に関わらない程度の争いなのだろう。
「揉め事の多い人なのね、その子爵。訴訟を検討に入れるなんて、相手もそれなりでしょ?」
「ま、な。…俺ならあんな形相で迫られたら尻尾巻いて逃げるぜ」
「あら、勇気の使徒のくせに」
「よしてくれ…。マジであれは無理だって」
コレ絡みだ、とポップは小指を立てる。
肩を竦めたその仕草が面白くて、レオナは声を立てて笑った。
「女を怒らせちゃダメね」
自身も女であるからこその言葉だろうか、ポップは苦笑するに留めた。

そんなポップの横で、先程から無言でバーンは紅茶を飲んでいる。

「…そう言えば」
レオナがバーンを見た。その目が、「にんまり」とでも形容したくなるような形になっているのに、ポップは気付いた。



「バーン、貴方も女性がらみで一つ問題があったわよね?」
「…………なに?」
閉じられていた金の瞳が、レオナを見つめた。
「あら、覚えてない?」
「…知らぬな」
二人のやり取りを聞きながら、ポップはバーンの態度について溜息をつきたくなった。
元々、普段からそれほど喋る男ではないが、それにしたってもう少し愛想と言うものがあってもいいのではないか、と自身は愛想の良すぎる青年は思う。
一応商人風の格好をしているというのに、どんなお高い大店の店主でも、その態度はなかろう。
(擬態にもなりゃしねぇ…。まぁ、大魔王が愛想良いってのも……爽やかなザボエラくらい、有り得ねぇか………)
ポップの胸中での呟きなど関係無しに、バーンを相手にレオナは喋っていた。

「だから! あの時よ、あの時!」
「一体、何の話だ? そなたらが乗り込んで来たあとは、すぐに戦闘に入ったであろうが」
どこに女がらみの問題などがあるのか? バーンはそう言いたげだ。
「……確かに、戦いの最中だったけど…」
レオナは少々悔しそうだ。ポップは、この少女がここまで食い下がるほどの事があったろうか、と自身の決戦時の記憶を辿ってみた。
(瞳にされた事か…? でもそれならマァムの事も言うだろうし……)
今はもう喪失したバーンの鬼眼の力によって、ポップとダイ以外は『瞳』と呼ばれる宝玉に変えられた。レオナだけが、途中で術を解かれたのだが……
「あ…!」
ポップは思わず声を上げた。二人が彼の方を振り向く。
「あの事か…?」

皆が『瞳』にされた中、レオナだけが術を解かれ元に戻された。その直後、バーンは―――

レオナは大きく頷いた。
「そうよ! 触ったでしょう! 私の胸を!!」
バーンを指差し、彼女はまるで宣言するかのように告げた。
ポップは、この部屋は防音だっただろうかと、どこか的外れな心配をしつつ、当時を振り返る。
確かに、バーンはレオナの胸に触った事になるだろう…。戦場に男女の別は関係ないのだとしても、戦いが終わった今現在では、恰好のネタである。つまりはレオナは、バーンを困らせてみたいのだろう。
だが―――

「…そのような事があったか?」
事ここに至っても、バーンは怪訝そうな表情を変えない。
「……まさか、本当に忘れたの?」
実につまらなさそうな、ほんの少し悔しそうなレオナの声音。悪戯が不発に終わった子供のようだなと、声に出さずにポップは思う。
それにしても、バーンは本当に綺麗さっぱり忘れてしまっているようだ。彼にしてみれば、ゴメを奪うことが目的であって、レオナの服が破けた事など関係ないのだろう。
「待て…、そなたを『瞳』から戻した時であろう………?」
バーンは腕を組む。心の内を探るかのように半眼を伏せ、そしてやおら口を開いた。
「確かに、そなたの服は破れたのだろうが―――」





―――胸など、あったか?





 
 しつないの温度が、みるみる下がっていく! 
 なんと! レオナのはいごから まっ黒な闘気がふきあがった!!

 バーンはおどろき たちすくんだ! 


 ‥コマンド?
 






ポップはバーンを見捨てて逃げ出した。それを恥とは思わなかった。



(終)





元大魔王さまに、少女趣味はありませんから。というお話(違)
実際、彼にはそのベクトルに趣味は無いと思うんですよ。レオナへの勧誘も歌姫としてだったしさ。成長して大人になったら手ぇ出したかもしれんが。
まぁそれはともかく。
いやぁ…最終決戦時のレオナのポロリなんですけど、その描写が余りにも……。サイズはあるはずなのに…っ!! ええ。少年誌ですからね!! リアルに描いたら駄目なのはわかってるんですけどね!!―――という事から浮かんだおふざけSSでした。

ちなみに、「まっ黒な闘気」イコール暗黒闘気です。この瞬間(だけ)、彼女はミストを超えました。
BGMはかの名曲『勇者の挑戦』でお願いします(笑) ゾーマ様レオナには光の玉が無いと勝てません。頑張れ勇者バーン!!

てか、ウチを覗いて下さる読者さまで、無印ドラクエをやったことがある人って何割いてはるのだろう??

('10.04.01 再掲)