ダイの大冒険 SSS

『週末の虹』




それは、とある週末。雨上がりの昼下がり。

「あ、ポップ、見て!」

ダイの嬉しそうな声に、「うん?」とポップはそちらを見る。
窓辺に立つダイは、青色を覗かせた空を指差して笑った。

「虹だよ!」

ダイの指が示す先、空には確かに七色のアーチが架かっていた。

「へえ。本当だ」
書き終えた書類の束を、デスクで揃えながら、ポップは微笑んだ。
もうこれで、すべき事は完了だった。後はもう―――何も無い。
クリップでまとめた書類の上に、一通の手紙を置いて彼は立ち上がり、親友の元に歩む。

「綺麗だな。久しぶりに見たぜ」
「うん。…仕事は、もう終わった?」
「おう。ったく、せっかくの週末なのに今迄かかっちまった」
ま、これで終わりだ。清々したぜ。
忌々しそうに愚痴るポップに、ダイは苦笑する。
「せっかくの週末に虹を見れたんだし、機嫌なおしなよ」



デルムリン島では、『虹を見られると幸せになる』という。


「ふぅん。そんな言い伝えがあるのか」
「言い伝えなんて、大層なもんじゃないよ。…じいちゃんが、小さい時にそう言ってたんだ」

虹の橋を渡って、その向こう側に着いたなら―――

「―――そこには楽園があるんだって。でも良い子にしてないと渡れないんだぞって、からかわれた」

でもオレ、その時は楽園って言われてもピンとこなかったなぁ。
凄く楽しい所だって言われても、デルムリン島だけで充分楽しかったから。
いまなら―――



平和な幼い頃の思い出。育ての親ブラスとの心温まる会話。
それを語るダイの表情は、とても嬉しそうで…だからこそポップの胸は痛んだ。

ダイの帰る場所は、永遠に失われて久しい。



いまなら―――少し…わかる気がする。



「虹か……俺も小さい頃は、そういう夢みたいな話も聞いたよ」
「…どんな?」
聞き返す声は、どこか抑えられていたが、ポップはそれに気付かぬふりをした。
「虹の根元を掘り返したら、七色に輝く宝物が埋まってる…とか。勇者がアイテムを使って、虹の橋を作った…とか。…ああ、そうだ。虹は神様のメッセージだっていう話もあったな」
「神様のメッセージ?」
うん、と頷いてポップは親友の頭を撫でた。

「大昔、地上は悪い人間ばっかりになっちまったらしい。それで、神様は良い人間だけを残して、やり直したんだとさ。その後、残された良い人間に希望を与えるために空に虹を架けたんだと」
「へぇ…初めて聞いた」
「そうか。ま、人気の無いお伽噺だからな。楽しい話ってわけじゃねぇし」
ポップは肩を上下させた。彼自身は好きでも嫌いでもなかった。ただ『やり直す』という表現がやけに引っ掛かるのだ。どんな絵本にも、その方法は描かれていないし、大人たちも我が子に詳しくは語らないけれど。

神サマが失敗するなよな……

全能の存在として、人間を生み出したのならば―――
良い人間だけを残したというのなら、何故―――

そんな彼の胸中を察したかのように、ダイが「やり直す、かぁ…」と呟いた。





「なんかさ、その神様って人間みたいだね」





「人間みたい? なんでだ?」
「うーん…何て言ったらいいんだろう?」
ダイは首を傾げた。
「…人間ってさ、どんなに間違っても、悩んでも…苦しんでも、何度も何度もやり直して、結局最後には必ず良いほうに進もうとするから。…やり直すって、そういう事じゃない?」
「…どんなに間違っても、か」

でも、だからって―――

「うん」
オレは、そう思ってるよ。
ふわりと、ダイは笑う。その目に光るものを見つけて、ポップは拳を作った。

―――その『間違い』で泣くのが、なんでお前でなきゃならねぇんだよ?

「……でも、それでいくとさ、神サマが人間に似てるんじゃなくて、人間が神サマの真似してるって事になるな」
その言葉に、
「あはは、そうかも」
ダイは再び笑う。
太陽のような笑みだと、ポップは目を細め……眩しさを包み込むように親友を抱きしめた。





それは、とある週末。雨上がりの昼下がり。

丘の上から見下ろす街は、美しく、賑やかで。この先の弥栄を誰もが信じきっている。
そのために誰を犠牲にしようとも、皆すぐに忘れるのだろうか。

ああ、でも…それは俺もか―――

「神サマの真似、か……」

―――人間は、出来る事をするしかない


ポップが振り仰いだ空には、もう虹は消えてどこにもなかった。
少し残念だが、
「まぁ、またすぐに架かるしな」
虹が出来る原理くらいは知っている。

どんな色の雨が降ろうと、太陽がある限り、虹はまた輝くだろう。

―――どれだけ血の雨が降ったって…ダイがいる限り、希望は残るさ


「さて、と」

くるりと踵を返し、ポップはわらう。

「せっかくの週末だもんな。有意義に過ごしますか」



雨上がりの昼下がり。それは、とある終末。


(終)





『勇者の信用』に引き続き、また暗い話をお送りいたしました。09年10月〜11月は二回連続で拍手御礼SSの更新。しかもダークテイストという、当サイトの路線を逸脱しまくり期間でした。なんかホンマすみませんでした。
でも、何ででしょうね。時折こういうのを書きたくなるのです。
取り敢えず、山ノ内の中での 『もしダイが迫害を受けて、地上に留まっていたら』 を文章にしてみました。
当初の後書きには書いておりませんでしたが、軽く状況説明をいたしますと……

1 ダイの故郷であるデルムリン島は暴走した人間達によって滅茶苦茶にされた
2 ブラスさんも魔物ということで…
3 ポップは宮仕えの身で、
4 普段は何食わぬ顔で出仕しているが、隠れ家を用意して、ダイを匿っている
……こんな感じです。
ポップがこの後どんな風に週末を過ごすのかは、ご想像にお任せいたします。
山ノ内としては、カタストロフよりは、政治を裏から操るような黒幕な彼の方が好きですが。
何より、ダイと話した彼の中で、「絶望と怒り」が終末を迎えたのなら、良い?のですが。まぁこのSSでそれは無理か。
ていうか、マァムとほのぼーのしてる彼が一番好きですが。(じゃあ書けよ)

ちなみに普通に読めば、ポップが神サマの真似事をしようとしているのですが、
実際のところ山ノ内は、人類社会が一個の人格で『間違い(=ダイや魔物)』を『やり直す』という風にも書きました。むしろそっちが6割。無論ポップはその『人類のやり直し』をこそ『間違い』だと見ているわけですが。
認識と意識のズレ&全と個の争いから起こる、負のメビウスの輪。

暗い話なのでお叱りを頂くかとも思ったのですが、意外に好評で有り難かったです。

ちなみに、拍手UP時には書いてなかった文が数行あります。ご興味のある方は反転でどうぞ。

('10.01.17 再掲)