「そうか…。それ、浜辺で拾ったのか」
頷くゼノに、その青年は微笑んだ。優しい笑みだが、何故だろう。ほんの少し寂しそうだとゼノは思った。
ダイの大冒険 SS
『騎士の欠片』
その光る石は、ゼノの宝物だった。
海岸には色々な物が流れ着く。ゴミや流木などといった物に混じって、衣類やコイン、果ては、遠い国からの瓶詰めの手紙なんかも流れ着く事があった。
けれど、数ヶ月前、浜辺でキラキラと輝くこの石を見つけた時は、見慣れた風景であるはずなのに、ドキリとした。
ただの石だ―――そう思ったのに、何故だか目が放せなくて。不思議な光沢を放つそれは、手に取ると何だかとても貴重な物のような気がして。
以来、ずっと大切に胸ポケットに入れて持ち歩き、誰にも見せた事はなかった。
「なぁゼノ。それ…見せてくれないか?」
だから、そんな風に言われても、普段なら絶対に拒んだはずだったのだ。
それが見せる気になったのは、村を救ってくれたこの青年の頼みを断りたくはなかったから。そして、青年の黒い瞳が、とても懐かしそうに細められたからだった。
「……どうぞ」
少し焦げた服の中から、袋に入った石を取り出し、青年に見せる。
手に取り、じっとそれを見つめた彼は、ほぅと軽く息を吐くと「ありがとな」とゼノに返した。
「あの…これ、何かあるんですか?」
石について尋ねたゼノに、青年は少し考えた後、「ちょっと話をしよう」と外に出た。
「ふーん…ゼノは騎士に憧れてるのか」
なるほどね、とか、何かの縁だな、などと彼は呟いていた。どういう意味かはわからないが、何となく青年は嬉しそうだ。口元が綻んでいるのを見て、ゼノも嬉しくなる。
昼間の戦闘が嘘のように静まり返った村。青年をもてなした宴席の名残は広場のそこここにあるが、大人たちが各々の家に帰ったあとは、浜辺には何の気配もない。
潮騒と、風が砂を浚う音。そして二人の跫音。それだけが世界の音であり、静かな声であるにも関わらず、青年の声はゼノの胸を打つように響いていく。
いったいこの人は何者なんだろう。
ぼんやりと少年は思う。
度重なる海賊の被害に、大人たちはベンガーナ王都に救いを求め。なのに派遣されたのは年若い魔法使いただ一人だけで。
口々に、王を罵り、国に見捨てられたのだと嘆く大人たちを尻目に、青年は恬淡とした態度を崩さず怨嗟の声を受け止めていた。
そして結果は―――大人たちの嘆きなど消し飛ばした。
村を救ってくれた英雄。海賊をあっという間に退治してくれた魔法使い。けれど、こうして見上げると、そんな風には全然見えない普通のお兄さんなのに。
「確かに騎士ってのは格好いいよな。俺の知ってるパプニカにいる騎士も……まぁ、カッコイイよ。」
どんな人を思い描いたのか。ほんの少し微妙な笑いを浮かべたあと、「けどな」と、青年はその表情を改める。
「ゼノ、騎士がなんで格好いいか、わかってるか?」
「え…と………強いから」
「…ちょっと違うな。確かに騎士は強いけど。強いだけじゃ騎士にはなれねぇんだ」
「そうなんだ……?」
聞き返した彼に、青年は頷き話を続ける。
「騎士が格好いいのはな、強いのは勿論だけど、ただ一人の主君に仕え、身命を賭して守り抜くからだ。婦人には礼節を、弱者にはいたわりを持って接し、義に拠って生きるからだ」
まぁ、なかなか出来る事じゃねぇよ。だから格好いい。そう言って、魔法使いの青年は笑う。
「その鏡の持ち主もそうだった」
一瞬、何を指しての言葉なのかわからず、ゼノは問おうとしたが、胸に当たった固い感触に息を飲んだ。
「これ…鏡なの?」
青年は「ああ」と短く答えた。
ゼノは袋から石だと思っていた物を取り出す。鏡…これは鏡なのか。
月光に小さな欠片を当て、ためつすがめつしているゼノを青年は見つめていた。その視線に気付いて見上げると、彼はゼノの目の高さまでしゃがんでくれた。
白い手がゼノの肩に置かれる。
「ゼノ、今日お前、メラを喰らっただろう?」
唐突な問いに「え?」と目を瞬かせたゼノに、青年は服の焦げを指して言う。
「海賊の中に、魔法を使う奴がいただろ? 炎の魔法だ」
言われて思い出す。確かに火を操る男が一人いた。まるで石つぶてのように、小さな火を幾つも幾つも投げつけてきて―――それらのほとんどは目の前の青年が張ってくれた結界に弾かれたけれど。
ゼノの脳裏に蘇るのは、幼い弟が走っていく姿。
大人たちが戦う姿に興奮したビィは、結界から出てしまったのだ。
既に劣勢に陥っていた海賊達は、ビィを人質にしようとしたのか、それとも腹いせだったのか、小さな獲物を次なる標的に決め、襲い掛かった。
それに気付いた魔法使いの青年は、それまで抑えていたのだろう呪文のレベルを上げて、ビィを狙う海賊を優先的に排除にかかってくれた。けれど火球の一つが彼の目を盗んで放たれたのだ。その先には―――ビィ。
自分はビィに駆け寄った。でも火の玉のスピードはそれよりもずっと早くて。
伏せさせる事も引き寄せる事も出来なかった。ただ弟の前に飛び出しただけだった。
火の玉は弟の頭を狙って飛んできた。それは丁度自分の胸のあたり。
迫る火球。避ける時間はない。
思考がやけにクリアになる。
熱い。どれ位の熱さだろう。大きな火だ。火傷で済むだろうか。それよりも―――ビィに移らないだろうか。
刹那に凝縮された奇妙な感覚が、弾けた……!
「思い出したか?」
「……うん」
火球が当たったと思った瞬間、それは起こった。
「胸の所が、光ったんだ…」
「ああ」
青年はゼノの持つ小さな鏡を指す。
「これがメラを跳ね返したんだよ。だから、気付いた」
「え?」
「お前がそれを持ってる事にさ」
月明かりで照らされた横顔。青年の瞳は先程と同じ、懐かしさを湛えている。つるりとした鏡の縁を、指の腹でゆっくり辿るその仕草が、青年がこの鏡に―――正確には鏡の持ち主に―――持っている強い想いを、ゼノに語って余りあった。
しみじみとした、それは問わず語り。
「…その鏡は、本当はもっと大きいんだ。それこそ盾に出来るくらい。……粉々になって海に落ちて…波に削られたんだなぁ」
「これの本来の持ち主は、本当に立派な騎士だった。強くて、忠義に篤くて、俺なんかを認めてくれて…。信念のもとに戦うその姿勢は、敵ながら惚れ惚れしたよ」
「あいつ、お前を助けてくれたんだなぁ。俺を助けてくれたように………」
ゼノは黙って青年の横顔を見つめていた。訊きたい事は山ほどある。この鏡の持ち主のこと。戦いとは何か。それはいつの事なのか。何故そんな事を知っているのか。ひょっとして…もしかして、貴方は―――
けれど、あらゆる問いは、青年の次の言葉に永遠にその出口を失った。
「なぁゼノ、お前も騎士を目指すなら、あいつのようになれよ。弟を守ったように、誰かを守ってやれ。―――お前がその心を忘れなければ、シグマはお前の中に生き続ける」
「はい……!」
ゼノは、手の中の欠片をきゅっと握り締める。
染み渡る言霊。それは想いだった。まだゼノにはわからない、けれど理屈ではなく彼は悟る。これは伝えなければならないもの。決して捨ててはいけないものだ。
この青年が鏡の所有者から受け取ったものは、いまこの時、不思議な縁で自分にも受け継がれたのだ。
大きな掌が、ゼノの頭を撫でた。伝わるのは、ほんの少しの痛みと哀しみと、そして大きな喜び。
微かな魔法の波動に少年は思う。
いつか夢を叶えて騎士となれたならば、その時は必ず会いに行こう。報告するのだ、この人に―――
「ありがとな。約束だ」
―――祝福を与えてくれた大魔道士に。
(終)
2009年最初の拍手SS更新でした。
ポップはベンガーナに所属しており、行政府からの要請を受けて仕事をする事もある―――
というのがウチの設定なんですが、今回のはそのお仕事先での話。
ポップにとってシグマはかなり特別な敵だったと思います。
一対一で戦ったのって、対シグマ戦のみですし、最初っからポップを強敵と認めて油断をしなかったのも彼だけですから。
それに、ポップファンに取っては、シグマ戦は『ポップが初めて大魔道士を名乗った戦い』ですしね。あの名乗りにシビれた人は多かろう。ねぇ?
物語に込められた想いっていうのは、こんな風にして伝わっていくのではないかと思うのです。
ここまでお付き合い下さり有難うございましたm(_ _)m