ダイの大冒険 SS
『指先』
風が吹き、桜色の髪が大きくなぶられる。
「…あっ!」
小さく上がった声は、その髪の持ち主である娘のものだった。
ホットミルクを飲みながら本を読んでいた青年が顔を上げ、「どうしたんだ?」と問うと、彼女は情けなさそうにブラシを置いた。
青年の黒い瞳が、理解に細められる。
「あー…。また失敗したのか」
「……また、とか言わないでよ」
青年が苦笑する。
ほんの少しからかいも含んだその笑みに、彼女は軽く頬を膨らました。鏡の前に座ってから数分。髪をあげようと頑張っているのだが、どうにも上手くいかない。
「長めに揃えてもらったのに…」
軽く溜息をついて、娘は悔しそうに再びブラシを持ち直す。
彼女は決して不器用ではないが、如何せんその髪は街で切ってもらったばかりだった。昨日までと同じ要領で上げようとしても、何箇所かで指の隙間をすり抜けてしまい上手く仕上がらないのだ。
ぱらり ぱらり―――零れ落ちていく桜色。
「………貸してみ」
青年が本を閉じた。
分厚い魔道書がバフっと重い音を立てるのと同時に、彼は椅子から立ち上がる。そのまま彼は娘の後ろに立ち、ブラシを彼女の手の上からそっと握った。
「え? ちょ…ポップ??」
「いいから。俺がしてやるよ」
肩を軽く抑えられ、正面を向けられる。
「そんな…いいの?」
「いいの」
「……ありがと」
鏡を見れば、自分の髪を梳いてくれる彼の、白い手が映っている。
毛先まで丁寧にブラシがかけられて、一緒に彼の長い指が上下する。
その動作は、昨日プロにしてもらったそれより、ずっとゆっくりで優しい。そう思うと同時に、何故だか気恥ずかしくなって、俯きかけたが。
「マァム、動くなよ」
瞬間、制止の声がかかり、彼女はビクッと身体を震わせるにとどまった。
どんな顔をして彼がブラシを操っているのかは、角度的に襟元から上が見えず、わからない。
普段は長手袋をしている為に、ほとんど日に焼けていない白い手。その長い指が、ピンを持って髪を上げてはとめていく。
うなじに触れるか触れないかの距離で、器用にうごめく指先。
「…上手なのね」
「まぁな。俺は昔っから細かい作業が得意なんだよ―――で、だんごにするんか?」
うんと答えれば、了解と短く返る。
再び青年が指を動かしだしたのを見て、娘は目を閉じた。
「よっしゃ。できたぞ」
数分後、嬉しそうな声で終了を告げられ、鏡の中の自分が思った通りの髪型になっているのを、娘は確認した。
つむじ近くの毛束にそっと触れれば、今まで自分がやっていたよりも、きっちりとまとまっている。器用なものだ。
礼を言えば、気にすんなと笑って青年は再び本を手に取った。
その白い手―――
「……ねぇ、ポップ」
―――それが今日は自分の髪を上げてくれた。
「ん? どした?」
読書に戻った恋人を思わず呼んで、娘は少し俯き加減に呟いた。
「………明日も、してくれない?」
思いがけない言葉だったろう。きょとんとしていた顔が、ふっと微笑んだ。
「いいぜ。俺の手なんかで良ければな」
いつでも使ってくれよ、と彼は笑った。
「ありがとう…!」
ほのかに顔色をその髪の色に近づけて、娘は嬉しそうに笑った。
風が吹いた。すっきりとしたうなじを撫でていくそれは、暖かい。
めくられる頁を軽く押さえるのは青年の白い指先。
それは、あらゆる場所で、あらゆる人に敬われ畏れられている手だ。
戦場に於いては世紀の魔法を、今の世に於いては種々の薬を生み出さんとしている、長く繊細な指先―――
―――けれど、その一時だけは彼女の為に。
(終)

『恋人のいる風景』という奴です。目標はラブい2人。……全然書けてねぇ!(>_<)
山ノ内の中では、この二人は基本的にカカア天下(まだ結婚してないけどサ)なので、あんまりラブい雰囲気は想像できないんですよね。恋人という響きはとても好きですが、彼らはなんつーか…パートナーって言ったら良いのかな??
でもこのカップルしか出てこない話にしては、一気に書けました。うむ善哉。
この2人が仲良い限り、悲惨な話になりようがない。ホントに安心して楽しく書けます。
だからポプマが大好きです。