ダイの大冒険 SS
『遠つ国のお菓子』
「ポップ、お疲れ様。これ食べてみて」
「ん?」
お茶でも飲もうと、上薬草のストックを作り終えたポップに渡されたのは、茶色いかたまり。皿にのっている所をみると食べ物なのだろうが…見たことがない物体だ。
「なんだよ、これ?」
首を傾げると、マァムはにこりと微笑った。
「前にジパングって所に行ったでしょ?」
ポップは懐かしそうに目を細めた。
マァムの口から出たのは、ダイを探して世界を廻っていたときに立ち寄った島の名前だったからだ。
龍の伝説が残るその島だが、残念ながらダイを発見する為の有力な手がかりはなかった。けれど、大陸では見られない珍しい野草が多く、ポップはその採取と効能の勉強の為にしばらく滞在したのだ。
動植物もそうだが、島というのは外部の情報が届きにくいため、独自の文化を形成している事が多い。ジパングも例外ではなかった。
「ああ、あの島か。結構変わった所だったよな」
思い出し、うなずく。
「オンセンってのがいっぱいあった島だろ? もう一回行ってみたいぜ」
何か余計な事まで思い出したのか、イシシと笑う彼にマァムは呆れながら続ける。
「そのジパングのお菓子よ。ヤヨイさんに習ったの」
島を案内してくれた女性、ヤヨイは、以前島を治める巫女の宮廷に仕えていたという事で、ポップが薬草を採取している間にマァムに宮廷料理を教えてくれたのだそうだ。
『とても美味しいんですよ』
この茶色い菓子は、舶来の豆と砂糖を使うのだが、旅をしている自分達なら材料もすぐに手に入るだろうから、とヤヨイは薦めてくれた。
『きっとポップ殿も喜ばれますわ』
「へー。んじゃ、いただきます」
皿に置かれた数個の茶色い菓子。その一つをつまんでポップは頬張った。
「…うめーー! これ凄く美味いぜ、マァム!!」
まるで子供のように目を輝かし、ポップは口の中でその菓子を転がす。トロトロと舌の上で溶けるそれは、甘い中にもほろ苦い。
「……そんなに…美味しい?」
まるで恐る恐るといった態で訊くマァムに、ポップは「最高!」と親指を立ててうなずいた。
ヤヨイはそれを作ってみせてくれる間、とても楽しそうだった。
少なくとも、様子を見ていたマァムが、思わず理由を訊くほどにはウキウキしていて。
『あら…顔に出ていました? お恥ずかしいですわ。………実はこれ、思い出の菓子ですの』
「あー、すっげー美味かった! 疲れも吹っ飛んだぜ!!」
ありがとうな、マァム!
「どういたしまして」
くすくすと笑いながら、マァムはミルクを温める。カップを出そうとする彼女の背中に、満面の笑みの恋人が「そういやさ」と言葉を次いだ。
「なあに?」
「いや、なんで今日なわけ?」
「…え?」
「ほら、お前大体いつもなら覚えた料理をすぐに作ってくれるじゃねぇか。でも、今日はもう2月も半ばだし、ジパングに行ったのは随分前で…って………おい、マァム? どうしたんだよ? 熱でもあるのか?」
「な…っ何でもないわよ!」
「でもおめぇ顔が真っ赤だぞ?! 熱冷ましの薬飲んどけよ、すぐ作るから!」
「何でもないったらあ!!」
『如月の十四日にこれを殿方に贈ると、その方をお慕いしているって事になるんですわ』
『わたくし、主人にこれを渡して祝言をあげましたのよ』
(終)

この日にチョコレートで盛り上がるのなんて、世界中を探しても日本だけだよなーと思った事から生まれた話です(笑)
だってこの世界にバレンタインデーは無いでしょうから。チョコ会社の宣伝もないしね。
だから勿論、ポップはひと月後にお返しなんてしておりません。マァムもホワイトデーは知りませんし。
まぁあれだ。好きな人には日にちなんて関係なく、プレゼントをすれば良かろうて。
UPしたのが2月14日当日の夜という、超遅すぎの作品でした。